「百万の眼を持つ刺客」――愛が人類を救う?インターステラー顔負けのB級SF
開始1分、パッケージ詐欺
半裸の美女に襲いかかるおぞましい怪物。
THE BEAST WITH 1,000,000 EYES!
というインパクトのあるタイトル。
高架下の中古レコード屋(レコードが通路にまで平積みにされている)でこのDVDを発掘した時の胸の踊りようといったらなかった。
「傑作SF映画選」とか書いてるし、もう間違いなく傑作だろう。買いだ!
家に帰って早速再生すると、発泡スチロールで作ったみたいな地球をバックに、いきなり地球を侵略しに来たという粘土で作ったみたいな《目》による独白が始まる。
「地球を手に入れるのだ。何百万光年も彼方からこの星に辿り着いた。間もなく船は地球に着陸するであろう。この星を手に入れる。我々は人間の恐怖心と憎悪をエサにして生きている。肉体や血がなくとも私には強い精神がある。地球を手に入れる。まず思考を停止させ動植物を支配する。そして弱った人間を私の命令通りにする。皆私の耳となり目となり世界は私のものとなる。お前たちの所業はすべて見えているのだ。私は百万の眼を持つ刺客だ。」
いきなりの宣戦布告です。
今でこそ侵略ものというと敵の正体がわからなかったり、能力がなかなか判明しなかったりというスリルを楽しむ趣向のものが多いと思うんですが、この映画は開始1分で全部説明してくれます。親切ですね。
そして太文字の箇所。あまりにも唐突(というか始まってすぐ)だったので、そのままスルーしそうになったんですが、なんか引っかかりませんか?
だって肉体が無いなら、パッケージの怪物はいったい何なの?
……?……………
……………あっ!!
騙された!!!!!!!
ぶっちゃけパッケージから醸し出されるB級臭に、騙される気満々だったので期待通りではあるんですが、まさか開始1分も経たないうちにパケ写詐欺を明かされるとは思いませんでした。
しかし、その後に始まるオープニング。これが美術面に音楽がうまいこと合わさって、ものすごいカッコいいんですよ。低予算なのもここだけは味があって、正直この映画の一番の見どころだと思います。
ほぼインターステラー
映画の舞台は荒野に面した農場。そこで暮らす農夫とその家族が中心となってくる。
家族構成は、漠然とした不安を抱える夫と、なんだか常にイライラしている妻。
高校卒業を控えた年頃の娘と、彼女になついている犬。
そして、なぜか敷地内に棲みついてる謎の男。
男は言葉が話せななくて、ひきこもってばかりなのですが、心優しい娘に惚れていて、何かと窓から覗いたり、アプローチをしているようです。なんだか「アラバマ物語」みたいですね。
この男が隣に棲みついている理由は終盤に主人公がさらっと(えっ、なんでこんなタイミングで?)って時に説明するんですけど、どうしてそれを今まで家族に話していなかったのかはまったく理解できませんでした。
そして、この序盤の設定だけで何か思い出しませんか?
- 主人公は農夫
- 娘は進学を控えている
- 地球に危機が迫る……
そう、昨年末話題になったクリストファー・ノーラン監督の大作「インターステラー」ですね。奇遇なことに僕が本作のDVDを入手したのは「インターステラー」鑑賞3日後のことでした。たぶん5次元人か中古レコード屋の幽霊が引き寄せてくれたんだと思います。
CGをほとんど使わないという点や、最終的には愛が人類を救うというのも共通点ですね。えっ、規模がまったく違うって? この時代にCGは無いだろうって? いやいや、ほぼインターステラーでしょ。
時代を先取りした設定
やがて飛行機が上空を通過するような音がして、そこから冒頭でみずから説明した通りに《刺客》の洗脳作戦が始まります。まだ人間を洗脳するほど力は強くないので、操るのはペットや家畜、野鳥などのそこらへんにいる動物たち。
一応、植物も支配できるって最初に言ってたけど、本編で特にそういうシーンはありませんでした。植物を操って地球の酸素濃度を薄くするっていう方法をとられていたらどうしようもなかったのでラッキーですね。
家に入りたがっている犬飼い主を襲う愛犬デューク!
犬が操られるSF映画といえば「遊星からの物体X」
サイレント映画さながらのコミカルな音楽と動きでずっこける隣の牧場主!
実はこの俳優チャップリン映画でおなじみのチェスター・コンクリン
「独裁者」で髭を剃られていた客です。
そして繰り返し同じような仰角から舞い降りてくる鳥!(車がクソまみれだ!)
もちろんこれはヒッチコックの「鳥」
なんだか動物が襲ってくる!という展開のわりに、それを撮るだけの技術が無いから、どこか絵面がのんびりしてるんですよね。犬も牛も鳥も基本的には別カットで動いてるところ撮っているだけだし。
家に入りたがっているだけの犬は銃で応戦された後、斧で返り討ちに遭って、のそのそと牛に迫られた老人はそのまま死亡(マジか)。見せられる映像と結果のギャップがすごい。
それにしても出るわ出るわ。「アラバマ物語」「インターステラー」「遊星からの物体X」「鳥」いろいろな名作の要素が出て来ますね。
しかし「百万の眼を持つ刺客」の製作年は1955年。実を言うと、この中では一番古いんです。つまりこの映画は映像化の技術や予算が無かっただけで、アイデアだけなら時代を先取りしまくっていたんですね。
だいたい50年代というと、戦後にしのび寄り始めた共産主義の影から、小説の方で侵略ものが流行り始めた頃で、映画としても「宇宙戦争(1953年)」に次ぐくらいの古典といえる。そんな頃から単純に宇宙人が攻めてきた!ではなく、静かに洗脳が始まった!という設定で一本作ろうとしたのは、なかなかすごいことではないでしょうか。
やはり傑作なのでは!?
※以降、結末にかけての完全なネタバレ含みます。
愛が地球を救う
動物たちの異常行動や怪電波によって不安に襲われる主人公たち。隣人の男が動物と同じように操られてしまったり、娘の婚約者が巻き添えを食らったり、徐々に脅威は迫ってくる。
そんな時に彼らはひたすら寄り添った。そして気がついた!
お、おう……
言葉だけではピンと来ないけど、身をもって実感したなら、たぶんそういうことなんだろう。そういえば昨年似たようなシンプルさ(仲間と手をつなぐこと)でめちゃくちゃ強くなって敵を倒す映画がありましたね。
やはり傑作か……?
いろいろあって砂漠のUFOと対峙する主人公たち。上のプロペラが電波を発生させる装置としてクルクル回っているのとか、ちょっとだけ工夫してみた感じがたまらない。
っていうか、なんか小さくない?
敵と対峙してもひたすら「一緒に戦えば勝てる。それだけ覚えておいてくれ。一緒に戦えば勝てる!」の一点張りで励まし合う主人公たち。びっくりするけど、本当にそれだけで突き通すんですよ。
傍から見ていると座り込んでいるだけにしか見えないけど、どうやら頭の中ではものすごい戦いが繰り広げられているらしい。
その強さとやらがまったく伝わってこないのだが……
この映画、「よくわからないけど、そんな気がする」って感じの身もふたもない台詞が多いんですけど、それが終盤になると「よくわからないけど、そうに違いない」って確信に変わるんですね。
その極め付けがこれ。
UFOに近づくと相手も本領発揮してくるのではいかと心配する妻に対して、
決めつけちゃった
死んだよ
宇宙人もそのしぶとさに手こずったのか、私たちには愛があるから負けないとか講釈をたれられて(こいつら危ねえな)と思ったのか、いつの間にか目的が変わって、娘をサンプルとして持ち帰るとか言い始める。
そのUFOに人を乗せる(詰め込む)のは、別の意味で可哀そうだよ。
・予想図
じりじりとにじり寄る家族三人。愛の力によって、もう怪電波は通用しない。すると宇宙人もとうとう最後の手段としてUFOのハッチコックを開いた。
あれ?肉体が無いのに何か出てくるのか?と思って見ていると、
大きな眼と一緒に、なんか出てきたー!
アメリカのギーグな少年が好みそうなソフビ人形みたいなやつだー!
意外とつぶらな瞳してるー!けどパッケージの怪物と全然ちげえー!
っていうかUFOの大きさからして、めちゃくちゃ小せえー!
ライフルを構える主人公。しかし、何をするでもなく睨みあう。
「我々は強い。打ち負かせるのだ」という心の声。
すると、
愛の力すげえ~!
UFOから出てくることもなく、ただうごめいただけ死んでしまった。いったいこいつは何のために出てきたんだよ。そして、ライフル使えよ。
どうやら彼はUFOの操縦のために操られていた、別の惑星の生き物だったようです。この後も微妙に二転三転するのですが、冒頭であれだけ威勢よく宣戦布告していた宇宙人がどんどん情けなくなっていきます。もう笑うしかありません。
何はともあれ人類は勝利した。孤独な人間なんて一人もいない!みんな誰かと繋がってる!それが愛だ!
「インターステラー」顔負けの愛が人類を救う小規模なストーリー。何がすごいってこの家族、UFOににじり寄る以外は特に何もしていない。主人公もライフル3回構えたけど、結局一発も撃ってない。愛さえあれば武器はいらないってことなのか。
すべては神のまにまに。